本コンテンツは、ENVALITHが2026年8月に実施した、株式会社タムロン 経営陣への取材(インタビュー)に基づき編集・構成したものです。記載内容はいずれも取材時点における経営陣の見解です。
経営者の「言葉」と「ビジョン」
創業の原点とパーパスの浸透度
同社は1950年創業であり、戦後復興期において光学業界を支えることが出発点であったとの認識である。カメラ分野から事業を開始し、その後産業向け領域へ徐々に展開し、現在は複数の事業領域で事業を展開している。ただし現状は部品供給にとどまっており、本来の意味での「総合光学メーカー」となることを目指す長期ビジョンを2026年2月に発表、さらに定量面を含めて深掘りした長期ビジョン/長期ビジョンに基づいた次期中期経営計画骨子を同年6月に開示したとしている。
パーパスの浸透については、長期ビジョン/次期中期経営計画骨子を発表後、社長から全社員向けにメッセージ配信等を行っているが、まだ緒に就いた段階との位置づけである。下期には次年度以降の戦略を議論する主要会議が始まるため、各部門と丁寧に議論を重ねてビジョンの肉付けを進める方針としている。
「写真一辺倒ではない、もっと裾野の広い光学メーカーになりたいというのは多くの社員が考えていたことだと感じている」
5年後・10年後の世界観
写真(交換レンズ)市場については、大きな伸びは想定していない一方でユーザー基盤が厚く大幅なマイナスも描けないとの見方であり、その中でシェアを引き上げることが要点との認識である。車載事業についても引き続き伸ばす方針であるが、それ以上の高い伸びを他分野にて追求する意思を示している。
車載が100億円規模から育っていく過程を補完する新規事業として、フィジカルAI等の領域に取り組んでいるとしている。またヘルスケア、ネイチャーポジティブといった成長領域を今後の主戦場に据え、自社技術が活かせる領域を獲得していく構えである。2035年頃には産業向け・新規事業を相当規模まで拡大させる想定を置いている。
成長ストーリーの考え方
TAM(有効市場)と成長の余白
- 主戦場の規模感
交換レンズ市場はCIPAの数字を踏まえグローバルで約5,000億円規模であり、ここから大きく増えることはなく微増程度との認識である。写真ユーザー数が多いことから大幅な縮小も想定しにくく、市場内でのシェア向上が重要との位置づけである。
- 成長市場
ヘルスケア領域は2032年に656億ドル規模、ネイチャーポジティブ領域は日本市場だけでも47兆円規模との数字を認識しており、その中で自社技術が活かせる領域を確実に獲得することを最優先としている。
- 隣接市場の展開シナリオ
隣接領域で大きくなりそうな分野としてFA(ファクトリーオートメーション)を挙げている。工場自動化の進展に伴う需要に加え、画像認識のさらなる強化が求められる領域であるため、周辺領域まで入り込む余地が大きいとの見立てである。自社が保有していない技術・リソースについては、アライアンスや場合によってはM&Aを活用して攻めの範囲を広げる方針である。
- マクロ前提の扱い
ヘルスケア・ネイチャーポジティブ等の市場は他産業に比べ高い成長が見込まれる前提で戦略を組み立てており、マクロ環境そのものを主要な変数とは置いていないとしている。
独自の競争優位性(Moat)
- 写真市場の高い参入障壁
市場に幾度も波があった中で残存したメーカーが極めて少なく、その中で切磋琢磨してきたことにより参入障壁が高い構造になっているとの認識である。
- 自社ブランドのズームレンズ量産力
ズームレンズを量産する能力において他社と一線を画すとしている。
- OEM事業のグローバルナンバーワン
そもそもOEMビジネスを成立させられる企業が少なく、顧客の高い品質要求に長年応えてきた実績を持つ。他社に負けないOEM事業であり、グローバルナンバーワンとの自己認識である。
- 医療向けの小型化・画質技術
硬性内視鏡に加え手術用レンズも手掛ける予定である。低侵襲治療の拡大に伴う手術機器の小型化により、カメラ・レンズへの小型化要求が強まっている。小型化を実現するレンズ加工技術、特定波長を捉える技術、AI組み込みに耐えうる高い画像品質を保有しており、技術的優位性が活かせる領域との認識である。
KPIの先行指標
| KPI | 備考 |
|---|---|
| 新商品のローンチ・上市件数 | セグメントごとに先行指標を設定。新商品群および周辺領域への展開が成長の起点となるため、今後の中心的な先行KPIとの位置づけ |
| OEM顧客の開発機種数 | 既存の固定的顧客との開発機種数増加、および新規顧客との商談進捗を重視 |
| マクロ・市況指標 | 先行指標としてマクロ環境指標は特に置いていないとしている |
なお、長期ビジョンの刷新に伴い、マテリアリティ見直しにも着手しており、財務・事業・サステナビリティの全領域でKGI/KPIを設定し、先行指標と遅行指標の双方を開示していく方針を示している。
収益構造と資本効率
売上高拡大のロードマップ
長期経営戦略で示している年率成長率をベースとしており、写真は5%以上、産業向けは15%以上を掲げている。写真市場自体は5%成長しない前提であるものの、新商品投入と多マウント展開により市場成長を上回る5%以上の売上成長を実現する構図である。
| 事業 | 成長率ターゲット(年率) | 前提 |
|---|---|---|
| 写真 | 5%以上 | 市場は5%成長しない前提。毎年新商品10本以上投入・多マウント展開でシェア獲得 |
| 産業向け | 15%以上 | 規模の経済が効く領域。トップライン拡大で利益率を引き上げ |
規模の経済が効く分野は産業向けとの認識である。産業向けは競合が多数存在し中国勢もいるため粗利率の引き上げは容易でないが、固定費の伸びは売上の伸びに比例しないため、15%以上の年率成長を実現できれば営業利益率の引き上げは十分可能であり、収益性改善とそれに伴う資本効率改善につながるとしている。
収益性改善のロードマップ
営業利益率のターゲットは20%である。写真の自社ブランドでは新商品ローンチのペースをこれまで以上に引き上げることで収益性を確保する。OEMについては、対応可能な企業が限られることから一定の価格対応力を有するとして、収益性向上が可能との見立てである。
事業ミックスの改善も重要な経路である。売上構成比の小さい医療事業は産業向けの他事業に比べ粗利率が高く、将来的に50億円〜100億円規模に成長すれば全社収益率の押し上げ要因になるとしている。
2035年頃にかけては産業向け・新規事業を大きく拡大する計画であり、先行投資・先行経費の発生により営業利益率が20%を下回る可能性にも言及している。その局面では総資産回転率の一層の向上と、場合によっては財務レバレッジの引き上げにより、永続的にROE20%を実現していく考えである。
資本配分(キャピタル・アロケーション)の方針
次期中期計画期間(2027~2029年)で営業キャッシュフロー890億円の創出を試算している。メーカーであり技術を強みにする会社であることから、研究開発投資を最優先に位置づけている。研究開発・設備投資・戦略投資の合計投資額は現中期計画(2024~2026年))の3年間に比べ、1.2倍とし、成長投資を加速させる方針である。
| 優先順位 | 配分先 | 詳細 |
|---|---|---|
| 1 | 研究開発投資 | 300億円。技術を売りとする企業として最も資金を投じたい領域 |
| 2 | 設備投資 | 200億円。研究開発成果の実現・量産に必要な投資 |
| 3 | 戦略投資(アライアンス・M&A) | 210億円。自社に経営リソースがない領域を補完 |
- ROE目標
2029年に20%(前期14%、今期は若干引き上げ)。収益性向上、総資産回転率の若干の向上、自己資本比率75%程度(財務レバレッジ約1.3倍)への引き下げにより達成する構図。2035年頃も永続的に20%を維持する意向
- ROIC目標
現時点では指標化していない
リスクへの向き合い方とレジリエンス
マクロ環境の変化への耐性
- インフレ
第一には原価低減活動への注力となるが、その他、価格転嫁等で対応していくとの認識であり、確立した優位性と「自社にしかできないものを作る」という開発方針を背景に、顧客との協議を前提としつつ材料コスト上昇分の転嫁等も実施していくとしている。
- 金利上昇
有利子負債が少ないため、金利上昇のインパクトはあまり受けないとしている。
- 為替
ユーロは仕入がないため売上に近い形で利益インパクトが生じる一方、ドルは海外生産比率が非常に高く売りと仕入が拮抗しているため、他社に比べ利益インパクトは小さいとの認識である。
- 注視点
これまで高い伸びを示してきた中国市場の伸び率が緩やかになりつつある点を懸念材料として挙げている。
ダウンサイドシナリオの想定
写真市場の変調が主要なダウンサイドシナリオである。過去に市場全体が厳しい局面を経験しており、同様の事態が再来する可能性は否定できないとしている。
対抗策は市場成長を上回る成長の実現である。自社ブランドでは多マウント展開により、これまで取り込めなかったユーザー層に販売できるサードパーティ特有の伸ばし方が可能との位置づけである。
OEMについては、従来はある程度固定化された顧客との取引であったが、既存顧客との開発機種数増加に加え、新規顧客との商談も開始している。これらにより市場全体や特定顧客・機種の変動影響の波を緩やかにする、あるいは吸収する施策は十分にあるとの認識である。
ガバナンスと執行体制
- 役員報酬体系
固定報酬60%、短期インセンティブ20%、株式インセンティブ20%の構成である。株式インセンティブは単年度評価と中長期評価の双方を用い、中長期については中期経営計画の達成度と連動させることで、単年度業績偏重ではなく中期計画への達成意欲を動機づける設計としている。中期インセンティブの評価指標にはROEに加えESG、そしてTSRも組み込んでおり、株価向上自体が評価指標となることで株主と近い認識で経営に当たれるインセンティブ設計としている。
- サクセッションプラン
後継者計画は近年議論を深化させている。足元では役員陣に求められるスキルマトリックスの定義を改めて見直しており、その定義に紐づく人材を選定する。社内の後継者プランのみならず社外の後継者プランも必要との認識であり、自社に不足するスキル、社外から取り入れた方がよいスキルを定義した上で社外取締役の選任等を進めていく。
ESG・サステナビリティ
マテリアリティ(重要課題)と業績の連動
- 環境(E)・社会(S)
現状はマテリアリティと業績の連動が課題との自己認識である。長期ビジョンの刷新および次期中期経営計画骨子を発表したことに伴い、サステナビリティ領域も改めて考え直す必要があるとして、足元ではマテリアリティ自体の変更に取り組んでいる。なお、環境ビジョン2050にて示している脱炭素や資源循環への取り組みは進んでいるが、自然共生の面についてはTNFDの開示とともに、成長領域として位置付けるネイチャーポジティブ市場での事業機会を通じて本業においても貢献していくと位置づけている。
- ガバナンス(G)
マテリアリティ変更に連動してKGI/KPIも見直す方針である。財務、事業、サステナビリティの全領域で可能な限りKGI/KPIを設定し、さらに先行指標と遅行指標の双方を置くことで、何がどのように企業価値に紐づいているかを投資家に示す考えである。同時に社員にも理解を促し、非財務の取り組みをより有効かつ効率的に加速させる意向を示している。
また、役員体制も監督と執行の更なる進化を図り、独立性の厳格化や多様性の向上、CXO制の導入も視野に入れている。
人的資本経営
人的資本投資の拡充においては中途採用を活発に行っており、中途採用比率は60%を目標としている。
教育研修についても、他社比較は難しいとしつつ、過去の水準から大きく引き上げている。現中期計画の目標に対しては、これまでにほぼ達成水準まで進捗しているとしている。
インセンティブ設計については、キーマンに対する動機づけをより強固にする必要があるとの認識である。現状、従業員向け株式報酬は執行役員に限定されているが、この枠を広げ、執行役員以外のキーマンに対しても自社株等の株式報酬制度を導入し、企業価値向上への意欲やリテンション効果を高める方針である。

